最近よく耳にするようになった婚活とは、受験勉強や就職活動のように、結婚についてもあらかじめ準備をしておこうという、「結婚活動」を略した言葉だそうです。
婚活、婚活とまるで新しいもののように言われていますが、結婚についての準備、用意として何か特別なことをする、というのは何も現代に限っていきなり現れた考え方でもありません。
現在、孫のいる世代の人々にとってはお見合いによる結婚は特に珍しいものでもなかったわけですし、女性に限っては、それに付随するような形で「花嫁修業」と称して家事手伝いのかたわらで、お花や料理、お茶、裁縫と言った習い事に通うのは一般的な家庭なら当然のこととされていた時代もあります。
ですから見方を変えれば、婚活は結婚適齢期の男女とその近親者などにより、ずっと以前から行われていたものだとも言えるかも知れません。
ですがなぜ急に、ここ最近、「結婚はぼんやり待っていてはできるものではない。自分でも積極的に動かないとチャンスはやってこない」などと大袈裟に語られるようになったのでしょうか。
その理由としては、一般的にお見合い結婚があまり歓迎されず、恋愛を経てから出なければ結婚したくない、と言う人が増え、年齢や社会的立場が一定のラインに達したからと言って、必ずしも結婚しなければ格好がつかない、というわけでもなくなってきたからでしょう。
つまり、好きな人ができて、何となくその気になったら結婚でもしたらいいかな、という考え方もごく普通ですから、特に結婚願望のない人が結婚のきっかけをとらえにくくなってしまったという点があるかも知れません。
しかし恋愛と結婚は常に密接に関連しているとは限りません。
自分ではこの恋愛のゴールは結婚だと思って交際をしていても、相手もそう思っているのかどうかはっきりとはわからない、と悩む人もいます。
お互いの気持ちだけではなく、景気の悪さから来る経済的問題や、女性が特に結婚しなくても1人で生きてゆくこともできないわけではない、という時代の流れが結婚のしにくさを作り、その危機感の表れの一つとして、婚活がクローズアップされるようになったのでしょう。